【学術集会報告】第32回サル疾病ワークショップ

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第32回サル疾病ワークショップ〈SPDP Workshop 2024〉
サルの福祉・ヒトの福祉


開催

2024年7月6日(土) 10:00〜17:15
参加費:3,000円

会場・開催形式:ハイブリッド形式
  • 現地会場:日本モンキーセンター ビジターセンター
    愛知県犬山市犬山官林26
  • Zoom ミーティング
エクスカーション

2024年7月5日(金) 14:00〜17:00
京都大学 ヒト行動進化研究センターラボツアー

懇親会

2024年7月6日(土) 18:00〜20:00
サンパーク犬山 大会議室
愛知県犬山市大字犬山字甲塚48-3
会費:5,000円

大会長

宮部貴子(京都大学 ヒト行動進化研究センター)

IMGP7396.jpeg会場外景:日本モンキーセンター ビジターセンター


【Session 1】サル類取り扱い者の「共感疲労」

座長:大石高生 (京都大学 ヒト行動進化研究センター)

「共感疲労」とは,他者のつらい経験や苦しみに同情することで感じるストレスや疲弊,さらにそれが原因で発生する精神的な不調を指す言葉です。医療・福祉・介護の領域ではかねてより現場担当者の共感疲労が問題視され,原因や対策に関する研究が進められてきました。動物を取り扱う人たちにも同様に共感疲労が存在し,それは他の分野にもまして深刻であることも知られています。人間の社会にあって動物は人間の絶対的な管理下にあり,それを取り扱う者はしばしばその生死の判断を迫られる局面に遭遇します。動物たちにとってある意味過酷ともいえる,そんな環境が深刻な共感疲労につながると考えられています。動物の福祉とヒトの福祉は一体不可分であるとの考えのもと,第32回サル疾病ワークショップでは「サルの福祉・ヒトの福祉」というテーマを設けてこの問題に取り組むこととしました。関係者各位の健康と,取り扱うサルたちの生活の質の向上を考える上で,今後も「共感疲労」に注目したいと考えています。[報告者]


〈招待講演1〉Animal Caregiverと共感疲労

小泉誠先生
東京慈恵医科大学総合科学研究センター 実験動物研究施設

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実験動物管理者における共感疲労は他職種と比較して「バーンアウト」や「二次的外傷性ストレス」といった重篤な心的傷害を招きやすい。そういった心身の状態がが仕事上のパフォーマンスに影響を及ぼすのみならず,離職に伴って飼育環境が悪化するといった動物側の弊害にも波及する。取り扱う動物種により,共感疲労の状況に差異がみられることも知られるようになってきた。例えばチンパンジーの担当者では共感疲労がより重篤化しやすい一方で,共感性のポジティブな側面である「共感満足」も高い傾向にある。動物取り扱い者が感じる共感疲労の大きな要因として動物の死が挙げられるが,文化的,宗教的なファクターが多分に影響する事項だけに,欧米での研究成果や対策がそのまま日本に当てはまるとは限らない。国内独自の研究推進と対策が必要と考えている。

〈招待講演2〉人間福祉領域における共感疲労について

藤岡孝志先生
中部学院大学大学院 人間福祉学研究科 研究科

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動物との言語によるコミュニケーションに関する研究はある程度の進展を見ているものの,まだ十分とは言えない。しかし職業的に動物を取り扱う人たち,すなわち動物の「支援者」は動物の態度やしぐさから直接その感情をくみ取ることができる。動物の死や移送に伴う離別に加え,そういった特殊な要因が動物取り扱い者の共感疲労を深刻なものにしている。では,どのように対処すべきか。人間を対象とした福祉関連業務従事者の場合と同様,質の高い「支援者支援」が求められている。職種によって必要な支援が異なっているため,各領域で効果的な支援対策を開発する必要がある。効果的な「支援者支援」は支援者の健康を維持・増進し,職務パフォーマンスを高める結果,動物福祉の向上にも寄与する。

〈招待講演3〉ヨーロッパにおける獣医師の共感疲労について

戸上由香梨先生
ミュンヘン大学

ヨーロッパ各国では,獣医師の共感疲労や心の負担が大きな問題と認識されている。死に立ち会うことの多い職業ゆえに,獣医師は重篤な共感疲労に陥りやすい。伴侶動物の救急医療体制が敷かれているドイツでは,救急現場でしばしば死に直面する機会に遭遇する。安楽死の選択を迫られる飼い主の葛藤に対して獣医師として向き合う必要があるし,また直接安楽死処置を行う自身の心の負担も軽いものではない。動物の死と向き合う大きなストレスを緩和するにはしっかりとした獣医医療チームで現場に臨み,一人が受ける負担を分散することが重要である。高度な教育システムに基づく獣医学的診断能力と処置技術の向上もまた担当者の精神的負担の軽減に寄与する。しかし獣医医療に携わる者に一旦蓄積した共感疲労の回復を図るには,この職責に特化した対策作りが求められている。[オンライン講演]


【Session 2】特別講演

座長:明里 宏文 (京都大学 ヒト行動進化研究センター)


広鼻猿類の色覚多様性研究をきっかけとしたヒトの色覚・嗅覚多様性についての考察

河村正二先生
東京大学・新領域創成科学研究科・先端生命科学専攻
(日本霊長類学会 会長)

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人類を含むほとんどの霊長類は,長い進化の過程の中で三色型色覚を獲得してきた。緑の葉の中に埋もれる熟した果物を遠くから識別するこの優れた色覚は,霊長類の生存にとって有利な能力と考えられる。事実,狭鼻猿類に属するテナガザルのDNAサンプルを解析すると,生息域に関わらずほとんどの個体でこの三色型色覚が頑強に保持されていた。しかし同じ狭鼻猿類の人類では,実に50%にもおよぶ高い頻度の多型が知られている。光受容体を構成するタンパク質であるオプシンL,M,Sの三種類うち,LとMが融合しているなど,多彩なハイブリッド型のオプシンが存在しているのである。ほとんどは生活に支障を及ぼすことはないにせよ,何故ヒトでは色覚関連遺伝子に多型性がみられるだろうか。その謎を解く鍵は南米コスタリカに住むクモザルとオマキザルにあった。これらサル類を調査したところ,実に六種類にも及ぶ色覚多型が検出された。三色型の色覚はメスの一部だけで,その他のメスとオスのほとんどは二色型なのである。しかし,実際の採食行動を解析したところ,この多型性は全く影響していなかった。三色型と比べて二色型が不利ということはなかったのである。さらに昆虫の採食おいては,三色型の鋭敏な色覚が却って不利に働く例も観察された。カムフラージュを得意とする昆虫を,色彩に頼って識別するのは難しい。昆虫採食では明暗のコントラストと物の輪郭を見分けることに秀でた二色型色覚が有利に働く。これまでの認識を覆す事実をコスタリカの新世界ザルが教えてくれたのである。

顧みて我々人類は今日,三色型色覚の必要性が希薄な環境に生きているのかも知れない。遺伝子の多型性を優劣に基づいて論ずる前に,まずはその理由を進化の過程と生活環境の中に求めることが先決であろう。ヒトの色覚多型はその好例である。


【Session 3】CPC・一般口演

座長:兼子 明久 (京都大学 ヒト進化モデル研究センター)


臨床・病理カンファレンス (CPC)

1. 退院予定が一転、予後不良となったニホンザルの1例
兼子明久 (京都大学)・平田暁大 (岐阜大学)

2. ニホンザルにおける血管周壁腫瘍の1例
大和久 健太 (東京農工大学)・兼子 明久 (京都大学)

一般口演

3. ニホンザルにおける肥大型心筋症の4症例
澤田 悠斗 (麻布大学)

4. リスザル (Sarmiri sciureus) におけるPasteurella multocida莢膜型F型による胸膜肺炎の1例
宇根 有美 (どうぶつ疾病研究支援協会)

5. 酪農学園大学野生動物医学センターのサル類研究は京都大学霊長類研究所共同利用・ 共同研究事業により実施−運用停止も解体も乗り越えて
浅川 満彦 (酪農学園大学)


Poster Session


P-01 カニクイザルにおける体組成計を用いた新規評価法の樹立
中山 駿矢 (日本大学 生物資源科学部)

P-02 DSRCT Diagnosis in lumbar vertebrae of a Japanese Macaque (Macaca fuscata)
Sedghi Masoud Niki (Veterinary Toxicology laboratory, Tokyo University of Agriculture and Technology)

P-03 Phenotyping of vascular function in hypercholesterolemic common marmosets (Callithrix jacchus)
Na-Young Lee (Seoul national university)

P-04 HBV感染霊長類モデルの開発
林 咲良 (京都大学 ヒト行動進化研究センター)

P-05 Resource acquisition and distribution performance of Korean NonHuman Primates Bioresources Center (KNHPBRC) from 2022 to 2024
Jina Kwak (Seoul National University Hospital)

P-06  ムコ多糖症モデルニホンザルに対する酵素補充療法
大石 高生 (京都大学 ヒト行動進化研究センター)

P-07 The dynamics of STLV-1 in Japanese macaques
Maureen Kidiga (Center for the Evolutionary Origin of Human Behaviour, Kyoto University)

P-08 Identification of viral remission in mother-to-child transmission of retrovirus in Japanese macaques
Poonam Grover (Kyoto University)